地元に恩返しがしたい――8ヶ月待っていただいた私の転職
生まれ育った町に、麻酔科医として恩返しを
私は麻酔科医のHと申します。転職を考え始めたのは、夏から秋へ季節が変わる頃でした。生まれ育った地域に恩返しがしたい、麻酔科医として地元に貢献したい――その思いが年々強くなっていたのです。できれば新年度を新しい医療機関で迎えたく、年内には方向性を決めたいと考えていました。ただ当時の私は、診療だけでなく科をまとめる責任ある立場にあり、自分の考えだけで動ける状況ではありません。ある程度の慰留も想定され、後任の招聘を含め早めの意思表示が必要でした。イードクターに相談すると、その日のうちに希望に合う求人を6件も提案いただき、うち2件の面接が決まりました。
まさかの縁――院長先生は同じ高校の大先輩だった
提案いただいた医療機関はいずれも私の経験を評価してくださり、ありがたいことにどちらもぜひにとのお話でした。麻酔科の体制や勤務内容、通いやすさまで総合的に見比べて2つの病院に絞り、面接に伺うと両方からオファーをいただくことができました。そして驚いたのは、一方の病院の院長先生が私と同じ町の出身で、なんと通った高校まで同じだったことです。世代を超えたまさかの出会いに、面接は町の移り変わりや共通の知人の話で大いに盛り上がりました。「地元を盛り上げるために力を貸してほしい」という院長先生の言葉に、私はその場で入職の意向をお伝えしました。
「転職できなくなりました」――想定外の強い慰留
条件面も希望どおりで、すべてが順調に思えました。ところが、医局と院長に退職の意向を伝えると、想定をはるかに超える強い慰留を受けたのです。後輩の指導や科のまとめ役など担っている役割が大きく、早々の退職は認められない。引継ぎや後任の招聘を含めれば半年程度は必要だ、と。悩んだ末、私はコンサルタントの方に「転職できなくなりました。白紙に戻してもらえませんか」と連絡しました。電話口の向こうで言葉を失っているのが伝わり、心苦しさでいっぱいでした。地元の大先輩の病院で働きたい気持ちは変わらないのに、動けない自分がもどかしくてなりませんでした。
期待を持たせては失礼――一旦白紙にという決断
長年お世話になった現職に迷惑をかけて、自分の都合だけで転職することは私にはできませんでした。先方が求める時期に着任できないのに、期待だけ持たせてしまっては失礼にあたります。だからこそ、具体的に転職が可能になった時点で改めて相談させていただきたい――そうお伝えするのが誠意だと考えたのです。コンサルタントの方は私の思いをそのまま受け止め、包み隠さず院長先生に報告してくださいました。正直、この縁はここで途切れてしまうかもしれないと、半ばあきらめる気持ちもありました。それでも筋を通すことが、医師である前に人として大切だと信じていました。
8ヶ月待っていただいた入職――人としての筋を通して
院長先生の答えは、思いもよらないものでした。本来は新年度から来てほしいのが山々だが、現職を大切にし、きっちりけじめをつけることは人として重要なこと。迷惑をかけずに着任できる時期まで待ちましょう――。結果として8ヶ月もの期間を待っていただいた上での入職となり、あきらめかけていた私にとって、これ以上ない結末でした。今は地元の病院で、恩返しの日々を送っています。白紙にすると告げた私を見放さず、院長先生との間に立って最後まで橋渡しを続けてくださったコンサルタントの方には、心から感謝しています。条件よりも人としての筋を――その大切さを教えられた転職でした。