都市の求人は諦めていた――小児科の常勤にこだわった私が、家族と過疎の町で見つけた居場所
退職後に募る焦り――小児科常勤という、あまりに少ない椅子
私は40代の小児科医です。それまで他府県の公的診療所で常勤医として勤務していましたが、自宅との往復を続けていくことを考えると、この先も働き続けるのは難しいと判断し、退職を決意しました。望んでいたのは、診療所(クリニック)で小児科の常勤医として腰を据えて働くこと。すでに複数の会社に求人を打診していましたが、そもそも小児科常勤の案件は絶対数が少なく、希望に沿うものは一つも見つかりませんでした。退職はすでに済ませており、早く次の勤務先を決めたいという焦りだけが募っていく日々。藁にもすがる思いで、私はイードクターへ問い合わせをしました。
面談で持参された一枚――遠方ゆえに、即座に断った求人
まずはご挨拶と求人紹介のための面談の場を設けていただきました。担当のコンサルタントは、私が以前面接に伺った医療機関を事前にヒアリングした上で、それ以外の求人を当たってくれました。ただ、小児科の診療所は開業医がお一人で診ている所が多く、「非常勤なら」という話は聞けても、常勤までは必要ないという返事ばかり。当日は車で1時間半ほどかかる過疎地域の常勤求人を持参してくれましたが、遠方の勤務は考えにくく、私はその場でお断りしてしまいました。今は働いていない不安もあり、話は自然と非常勤へと切り替わっていきました。
一度は脇に置いた話――それでも、頭から離れなかった町
早く勤務を始めたい気持ちから、非常勤の面接の話はとんとん拍子に進み、常勤の話は一旦脇に置くことになりました。それでもコンサルタントは「常勤の求人が出ればすぐにご提案します」と言ってくれ、その後も粘り強く掘り起こしを続けてくれていたようです。私自身、小児科常勤の難しさは痛いほど感じていました。そんなある日、面談で勧めてもらった過疎地域の勤務のことが、なぜか頭から離れなくなり、「あの求人について、もう一度伺いたいことがあります」と、自分からメールを送っていました。
家族で出した答え――縁のある土地で、もう一度暮らす
一度は辞退した遠方の勤務でしたが、家族と何度も話し合ううちに、気持ちは大きく変わっていきました。実は幼い頃、父の勤務の関係でその過疎地域の近くで暮らしていた時期があり、今でも年に一度は訪れている、私たち家族にとって縁のある土地だったのです。環境も良く、もう一度あの地域で家族そろって暮らすのも悪くない――そんな結論に至り、私は前向きに検討したい旨をコンサルタントへ伝えました。話を聞いた先方の理事長は大変喜んでくださり、「まずは見学だけでも」と温かく迎え入れてくれました。
嘘のように充実した今――地域に愛される小児科医として
面接当日、理事長は二つの診療所を案内してくださり、市内の観光にまで気を配ってくださいました。職員の方々も明るく、ここでなら働きやすいと、その場で勤務を決意していました。理事長からは「よくこの地域に常勤医を紹介してくれた」と感謝され、転居や住居の手配まで法人がすべて整えてくれたおかげで、入職はスムーズに進みました。常勤先が決まらず体調を崩した時期もありましたが、今はそれが嘘のように充実した毎日です。都市を希望する医師が多い中、家族とともに地域医療へ貢献できたのは、最後まで諦めずに支えてくれたコンサルタントのおかげ。これからも、地域に愛される小児科医であり続けたいと思います。