『災害医療への情熱』(中)
2008年02月01日 コンサルタントI
海外派遣メンバーに登録したのはいいが、現実には大きな問題が待ち構えていた。
「いつ行くかもわからないし、行ったら半年位は、その地にいなければならず、おいそれと現勤務病院が許す訳がない。当然にその時勤務していた病院でも、意見は受け入れられず退職を余儀なくされたんです。先輩や知り合いにお願いして、海外派遣を最優先としながら勤務できる病医院を探してみたんですが、なかなか見つからずなかばやけになっていましたよ。」と当時を振り返られた。生活の為にはと、常勤として勤務していた病院を退職後は、スポット勤務ができる複数の病院を掛け持ちで勤務されていたとのことであった。
とある日、災害派遣ではなかったが、アフリカのある国に6ヶ月にわたって、現地の医療指導ならびに治療を行うとのことで派遣が決定した。環境の悪いなか、現地の医師と連携をとりながら昼夜惜しまず頑張ったそうだ。派遣期間が終了して日本へ帰ってくると、またスポット医として勤務する日々・・。
そのような生活を続けるなかで、複数の病院を回る精神的ストレスや所得などの問題もあり、将来は海外の病院で働くとしても日本にいる時は常勤の医師として内科の外来をやりたいと考えられていた。
K先生は、内科全般を診ることができ、内視鏡検査も上手いと評判で、当直も積極的に引き受けるアクティブなドクターである。私は、突然海外派遣が決まって不在期間が発生しても、いくつかの病院は見つかるだろうと楽観し、約20の病院に連絡を取ってみたが甘かった。
病院からの回答は「高い志は十分理解できます。ただこのような医師不足のなか、いくら災害派遣とはいえ急にいなくなられるのは困ります。」という返事が大半であった。私も、病院の置かれている状況は十二分に理解できるので、無理なお願いができなかった。
そんな中、九州南部のある病院の事務長と電話でお話しをしたところ、「了解しました。早速院長に話してみます」と返事をいただけた。
翌日事務長から返事の電話をいただいた。「海外派遣がネックだね」と院長が仰られたそうだが、「一度会ってみましょう」と言っていただけた。
早速、K先生に連絡を取り、面接の日程を決めた。K先生からは「よく探しましたね」と言われたが、「この病院もまだ海外派遣についての承諾を得ているわけではありません。先生の人となりを見てみたいのが本音でしょうね」と正直に答えると、「そうでしょうね」と笑いながら話された。
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