「先生から1年も前に腺癌だっていわれていたのに、ようやく手術することになりました」そういってAさんが外来に血圧を測りに来た。
Aさんは世田谷区の健康診断で、胸部レントゲンを撮った時に、小さな異常陰影が見つかった。念の為にと撮ったCTで、腺癌の疑いがあると放射線医からコメントがつけられた。当然のごとく、いつもお願いしているM大学病院の呼吸器外科に診察依頼をした。Aさんがいうのには、担当医は少し考えて「小さ過ぎて癌かどうかは分からないので様子を見ましょう」ということになったという。これが間違った判断だとはいえない。こうしたケースは私のところでは珍しいことではなく、それくらい早期の癌を見つけているということだから、むしろ安心して良いことなのだ。
経緯を整理してみよう。
平成28年9月28日に受診した時のレントゲン所見は正常だった。以下に私の書いたスケッチを見ていただく。
翌年の平成29年10月6日に行ったレントゲン撮影では上肺野に、周辺にindentを思わせる数㎜ほどの小さな異常陰影を認めた。
この時点で健康診断受診から保険診療に切り替えて胸部CTをorderしたところ、「右肺上葉末梢11mmほどの結節が見られます。石灰化はありません。胸膜陥入像は見られません。背景肺野を考えると、悪性の可能性があります。精査をご検討ください」との放射線科からの返事をもらった。
この結果を持たせて、AさんにM大学病院の呼吸器外科を受診してもらった。超早期であれば抗癌剤の投与なしに、手術的治療のみで十分に治癒が見込める、そう考えたからだ。
しかし、外科はもちろん慎重だ。癌以外の可能性も考慮して、3ヶ月ごとにCTで経過観察をすることになった。
最初の返事はこうだった。
「いつもお世話になっております。ご指摘のように肺癌を疑う陰影と考えます。病変が小さく、周囲にスリガラス影も認めませんので、炎症の可能性も否定できません。3ヶ月後にCTを再検し、治療方針を決定したいと考えます」
平成30年2月に行ったM大学病院のCTでは「右上葉S2の陰影はやや縮小しており、炎症と考えますが、さらに経過観察すべきと考えます」との判断が下された。5月にも「サイズに変化なく、経過観察を行っております。少なくとも3年ほどは経過観察が必要と考えます」との所見だったが、11月に行ったCTで変化が現れた。「CTにて増大傾向認めておりまして、今回悪性を強く疑う所見となりましたため、手術目的で入院となります。CT上は右肺S2に16mmのspiculaを伴う結節影を認めております。右上葉肺癌の疑いに対して、12月18日右上葉切除術施行予定です」
外科の先生たちの辛抱強いWatchで、とうとう肺癌を退治できたのだ。感謝だ。もちろん転移はなく、抗癌剤投与の必要もなく、禁煙という有難いお土産付きで退院が叶った。
「本当に先生には感謝してます」と、Aさんは今年も健診を受けに来た。健診結果は、血圧が高い以外は大きな問題はなかった。まだ右胸部にはクッキリと赤く手術痕が残されているが、痛みもなく順調のようだった。
「それで、先生に相談があるんですけど、IQOSってどうなんでしよう?」
私は、少し前に田淵先生の「新型タバコの本当のリスク」という本を読んでいたので、IQOSが新型タバコであることを知っていた。
「まあやめたほうが良いですね、使うのは」と、この本を見せて返事をした。
Aさんは本の表紙を見ただけで、
「そうですか、分かりました、やめておきます。先生に相談して良かったです」と笑った。
新型タバコはたばこ
田淵貴大先生(大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部副部長)のこの本を読むと、新型と名前はついているが、たばこの葉を使っている正真正銘のたばこなのだと再認識できる。たばこの葉を燃焼させないとはいいながら、240~350℃に加熱し燻ぶらせてその煙を吸うメカニズムは、紙巻きたばこと一緒だ。確かに一部の化学物質は減少しているが、有害だと考えられている未知の物質が多く含まれている。これによる有害事象の有無は今後の観察によらなければ明確にされない。IQOSに限っていえば、その96%(2016年時点で)が日本で売られていて、吸っている日本人がこの新型タバコの実験台になっている。日本では日本たばこ産業株式会社(JT)が申請して、財務省がすんなりと認可してしまったが、アメリカではFDAが許可しないため売り出されていない。日本が世界から「たばこ規制の緩い国」というレッテルを張られる所以だ。
しかも、この器械の中にはマイクロコントローラーチップが2枚搭載されていて、ユーザーが日に何回使ったか、一回に何吸入したか、などのデータをたばこ会社に逐一送ることの出来る機能が搭載されている。デバイスによって、吸煙回数と吸煙時間が自動的に決められているが、データの集積によって、さらにユーザーに吸煙させるためにこの設定を変化させることが可能だ。タバコ会社は「デバイスからのデータを収集するのは、デバイスの不具合の原因を究明しようとする時に限られる」としているが、田淵先生がいうように「騙されてはいけない」のだ。室内で吸えば、受動喫煙もあり、環境周囲に付着した化学物質による三次喫煙(被害)が、吸わない人や子供、赤ちゃんに及ぶことは紙巻きたばこと変わることはない。
タバコ会社の陰謀
田淵先生の書かれた世論時報の論文には、恐ろしいことが書いてある。
<内部文書等から明らかにされたタバコ産業のだまし戦略>
タバコ産業によるタバコ広告は、若者をターゲットにしている。タバコ産業の内部文書の分析から、タバコ産業が先進国においては社会経済的状況が低い若者を主要ターゲットとしていることが分かっている。
先進国だけでなく発展途上国を含む国々において、タバコ産業によるタバコ広告は、喫煙を女性の解放のシンボルとして印象付けることによって、特に低学歴で社会経済的に不利な若い女性を喫煙させるように仕向けている。
いかにタバコを魅力的にみせて子供に吸わせるか?どうやって喫煙者を強いニコチン依存症になるように仕向けるか?やめられなくするにはどうするか?どうすればタバコの害が軽視されるようになるか?こういったことに、タバコ産業はずっと注力してきた。
その一環として新型タバコがあることをゆめゆめ忘れてはならない。
田淵先生からのメッセージ
「タバコ会社への忖度が横行している出版業界においてタバコ問題を啓発する本を出版できたことは奇跡だと受け止めています。せっかくですから、より多くの人に届けたいと考えています。
各地の医師会や歯科医師会の皆さんへの周知を是非お願いしたいのです。ロジックとしては、『タバコを吸っていますか?』とだけ問診すればよい時代は終わりました。患者さんよりも先にしっかり新型タバコ問題について理解していただくことで、患者さんからの信頼が得られますというストーリーです。各医院や病院に少なくとも1冊置いておいていただきたいという要望です。我田引水で大変恐縮ですが、タバコ問題を深く理解してもらって仲間を増やすための近道だと考えています。この本の収益は、社会をよくするための活動経費としてしか使わないと約束します」
このメッセージに込められている熱い思いを、我々医療者はきちんと受け止めなければならないだろう。
<資料>
- 1) 「新型タバコの本当のリスク」:
- 田淵貴大著, :内外出版社, 2019年.
- 2) 特別リポート:
- 加熱式たばこiQOSに喫煙データ収集機能, REUTERS, 5月16日, 2018.
- 3) 田淵貴大:
- 社会はいかにタバコ産業に歪められているか~タバコ産業は人類の敵である。タバコ対策には明らかな敵が
存在していることを認識して取り組まなければならない~ : 世論時報, 第49巻第6号(通刊781号), p14-19, 2016.