神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任


1950年 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
      運動部主将会議議長、学生会会長)
      第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
      医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年 神津内科クリニック開業。

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「隣はなにをする人ぞ」

 私の義弟がCaliforniaに住んでいて、車の販売をしていることはどこかで書いた気がする。Vintageもののアメリカ車や欧州車を求める車好きの医師が多いらしく、お陰さまで商売は順調のようだ。随分前の事だが、HollywoodのRodeo driveあたりの交差点で止まっていたら、右からBMWのconvertibleが曲がって来た。よくよく見たら、それがアーノルド・シュワルツネッガー氏だった。こんなところで、と言っても映画の町での事だから当たり前なのかもしれなかったが、随分と興奮したことを覚えている。
 先日、参宮橋のスペイン料理店に行った時の事だ。ロス・レイエス・マーゴスという店の名前は、私の友人の奥さんがメキシコ人でレイエスさんというので覚えていた。「食べログ」というiPhoneのアプリで3.7点とまずまずの得点だったので、買い物の帰りに行ってみたのだ。この「グルメアプリ」をサポートしているのは「自称グルメファン」なので、必ずしも我々の期待通りにはいかないが、この時にはまずまずの料理にありつけた。

 早くに店に入ったので、お客はそう多くなかったのだが、帰る頃には満員になっていた。我々は四人掛けのテープルに家内と二人で食事をしていたのだが、となりに六人の席が設けられ、賑やかな団体が入って来た。聞くともなく話が耳に入って来て、どうも農業系の研究者の集まりのようだった。種の話、東南アジア諸国の穀物の話で持ち切りだったが、ブータン、四代目、夜ばい、奥さんが四人、などという単語が耳の端々に引っ掛かった。ブータンといえばGDPの替わりに「国民総幸福指量(Gross National Happiness, GNH)」という概念を提唱した国王を持つ国。その国を話題にする集団というのは東京でも珍しい。知らず知らずに耳はダンボになった。
 因にWikipediaによればGNHとは以下のようなものだと記載されている。

国民総幸福量(Gross National Happiness, GNH)または国民総幸福感とは

 1972年にブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す”尺度”である。国民総生産 (Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。
 現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としている。政府が具体的な政策を実施し、その成果を客観的に判断するための基準にするのが主な用途で、1990年代からの急速な国際化に伴って、ブータンで当たり前であった価値観を改めてシステム化する必要があったという。2007年に初めて行われたブータン政府による国政調査では「あなたは今幸せか」という問いに対し9割が「幸福」と回答した。

 2年ごとに聞き取り調査を実施し、人口67万人のうち、合計72項目の指標に1人あたり5時間の面談を行い、8,000人のデータを集める。これを数値化して、歴年変化や地域ごとの特徴、年齢層の違いを把握する。GDPが個人消費や設備投資から成り立つように、GNHは(1)心理的幸福、(2)健康、(3)教育、(4)文化、(5)環境、(6)コミュニティー、(7)良い統治、(8)生活水準、(9)自分の時間の使い方の9つの構成要素がある。GDPで計測できない項目の代表例として、心理的幸福が挙げられる。この場合は正・負の感情(正の感情が(1)寛容、(2)満足、(3)慈愛、負の感情が(1)怒り、(2)不満、(3)嫉妬)を心に抱いた頻度を地域別に聞き、国民の感情を示す地図を作るという。どの地域のどんな立場の人が怒っているか、慈愛に満ちているのか、一目でわかるという。
 ブータン国立研究所所長である、カルマ・ウラ氏はGNHについて次のように述べている。 「経済成長率が高い国や医療が高度な国、消費や所得が多い国の人々は本当に幸せだろうか。先進国でうつ病に悩む人が多いのはなぜか。地球環境を破壊しながら成長を遂げて、豊かな社会は訪れるのか。他者とのつながり、自由な時間、自然とのふれあいは人間が安心して暮らす中で欠かせない要素だ。金融危機の中、関心が一段と高まり、GNHの考えに基づく政策が欧米では浸透しつつある。GDPの巨大な幻想に気づく時が来ているのではないか」

 時々聞こえる「にしおか」という言葉も気になった。上品な年配のご夫人がその「にしおか」氏の奥様らしい。手に持っていたiPhoneで「ブータン、西岡」と入れてみた。すると、西岡京治氏の名前が挙がった。

 TV TOKYOの番組「世界を変える100人の日本人」には、「ブータンの農業を改革した西岡京治(けいじ)。1980年、ブータン国王は西岡に対し、ダショーという『最高の人』を表す称号を与えた。後にも先にも外国人でこの称号を手にしているのは西岡ただ1人だけである。1964年、当時31歳の西岡は海外技術協力事業団(現JICA)を通じ、ブータンに派遣された。任務はブータンへ農業技術を伝えることだった。西岡は『農業技術の良さを実感してもられれば伝わるはず』という信念を持ち、大根をはじめ多くの野菜や稲作の普及に貢献した。また4代国王から西岡は依頼を受け、ブータン国内で『忘れられた土地』と呼ばれたシェムガンの開発にも成功する。1992年59歳で西岡は客死する。西岡の葬儀は、ブータンでは国葬としてとり行われ、その葬儀には3千人もの国民が参列した」とある。
 国際留学生協会の向学新聞にも、西岡氏の詳細が記載してあった。

http://www.ifsa.jp/index.php?kiji-sekai-nishioka.htm

 また、西岡氏の母校である「大阪府立八尾高等学校同窓会のホームページ」には、「西岡京治氏は文字通り〝日本の国際協力史上で空前絶後の人〟」であるとして「輝ける先輩達」のページで「神とよばれた男、秘境ブータンの国造りに生涯を捧げたダショー・西岡」と後輩達に伝えている。http://www12.ocn.ne.jp/~yuukari/hito/no7.html
 そして、その文中に「なお、奥様の西岡里子さんが西宮市で、京治氏の遺志をついで『ブータンハウス』を主宰されています」とあった。我々がたまたま初めて入ったスペイン料理店で、こんな出会いがあるとは思っても見なかった。もちろん、西岡さん達は私の事を知らないし、私にしても恐らく今後「医療と農業」というシンポジウムでもなければ知己を得る事のない、交わる事のない赤い糸なのだと思う。しかし、そんな思ってもいなかった、すでに亡くなっている西岡氏という存在が、私の脳の中に確かな足跡を残した事は確かだ。私も、どこかで誰かの隣で、自己の存在の波紋を投げかけているのかもしれない。

 幸せを測る「国民総幸福量」のことをいえば、日本はどのくらい国民が幸せだと感じているか測って頂きたいものだ。そういえば、第107回日本内科学会の公開講座で、日本免疫学会長を務めた事もある順天堂大学の奥村康氏が面白い事を話している。

奥村 康 (おくむら こう)
1942年生まれ。千葉大学大学院医学研究科修了。スタンフォード大学リサーチフェロー、東京大学医学部助手を経て、1984年より順天堂大学医学部免疫学講座教授。医学博士。1990年日本免疫学会会長。2000年より順天堂大学医学部長を務める。サプレッサーT細胞の発見者。ベルツ賞、高松宮賞、安田医学奨励賞、ISI引用最高栄誉賞、日本医師会医学賞などを受賞。臓器移植後の拒絶反応を抑える新手法を開発するなど、免疫学の第一人者。

 この公開講座の題が「不老長寿と免疫~馬鹿な免疫と利口な免疫」だ。
「フィンランドは社会保障のたいへん進んだところで、定年退職後の年金で十分生活出来るということで、アルコール中毒の人も多く、成人高齢者の健康管理があまり良くない国だそうです。そこで、フィンランドの厚生省が、体の健康管理がいかに大事かということを示すため、ある種の統計学的な実験を実際に人を使って行った研究が知られています。
 会社のレベル、会社での地位、課長とか係長とかのレベルや生活環境もほぼ同一に合わせて、確か40歳から45歳ぐらいの人を600人ずつの2グループに分けたのです。
 ひとくちにいえば1つはまじめなグループ。このグループは、タバコは吸わない、酒はほどほど、3ヶ月に1回から半年に1回必ず医者に観てもらってチェックを受ける。厳重に管理された600人です。もう1つの600人は不良グループで、酒はジャンジャン飲む、タバコもばかばか吸う、医者には絶対行かない、と。この2群を10年間フォローしました。そして、いかに健康管理が大事かということを国民に知らせようとして15年経って蓋を開けてみた。
 蓋を開けてみますと、まじめなグループの600人の方が圧倒的に亡くなった方が多い。不良グループの方が少ないのです。これを発表してしまいますと、この国はますますデタラメになるから、伏せて押さえてしまおうという厚生省の画策だったわけです。
 しかし、それをオーガナイズしていた大学の先生が、結果を国民に知らせて、なぜこっちがたくさん死んだのか、その原因を調べた方がもっとためになるということで発表してしまった。それがフィンランド症候群と言われている話です。
 なぜまじめなグループが死んだのかということに関して、2つのことが推察されています。1つは、コレステロールを厳重に管理し過ぎたのではないか。もう1つは、健康管理で、ある意味で縛った生活をしますと、精神的なストレスが溜まって体の免疫が弱くなり、それで早く死んだのではないか、と。
 つまり、免疫のこと、コレステロールのことが推測されているわけです。その当時は、そうしたこともあるだろうということだったんですけれども、今、その推察はまんざら間違ってはいなくて、やっぱりそうではないかという証拠がだんだん揃ってきております。
 ある程度不良タイプの人なら友人も多く、遊びも上手でストレスの発散の仕方を知っているわけです。ストレスは皆ありますから、その発散の仕方を知っている人というのはだいたいNK活性が高いとも考えられます」

 健康になる方法は、お上から国民に知らしめてやるものだと、そう政治家も官僚も考えている節がある。メタボ健診もそうであるし、以前から言われている「成人病」や「生活習慣病」もそうだ。ただし、健康であることが「幸せ」であることとは政治家も官僚も考えていないのがこの国の国民にとって大変な不幸だ。政治家も官僚も、健康であれば「金がかからない」から、と国民に健康であれと願っている節があるからだ。どんどんと厳しく悪くなる「法令遵守」の考え方。それが国民の寿命を縮めているとしたら、そろそろもっと自由度の大きい社会に変えていく必要があるのではないだろうか。

 
 

注) 
フィンランド症候群についての解釈には疑義があり、まとめが「フィンランド症候群の真実」(http://web.nosmokeworld.com/finland/index.shtml)に掲載されている。籏野脩一氏は、循環科学(Vol. 14, No.1, 1994)の「リスクファクターを治療するのは危険か?-ヘルシンキ研究のミステリー-」という論文でこの事を指摘している。籏野氏はこの研究の問題点として、調査対象の偏り(虚血性心疾患死亡率の高いフィンランド人の中でコレステロール値の平均が275mg/dlという群を対象に選択)、薬剤使用の害(高脂血症群へのプロブコールとクロフィブレートの投与、高血圧群に使用したサイアザイド系利尿剤とβ遮断薬の副作用発現の可能性)、治療群に負荷されたメンタルストレスに関しての情報不足などがあり、一概に本研究の成果を額面通り受け取ることが出来ない、と指摘している。その上で、この研究成果から我々が学べるものがあるとしたら、それは「長い高リスクの生活の産物を中高年で直そうとしても、困難であること、薬剤による治療は完全に無害とはいえないことを示唆しており、できるだけ早く、青少年期から健康なライフスタイルを選ぶことの重要性を、したがって住民全員に向けた健康教育の必要を考えさせるものというべきであろうか」と結んでいる。ここでも日本の官僚や政治家の浅知恵である「メタボ健診」「生活習慣病健診」がやんわりと批判されている。

2010.12.01.掲載 (C)LinkStaff

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