夏休みにロサンジェルスを訪れた。短い旅行だったが、大変貴重な経験をしたのでお話しよう。
プライムリブの有名な店に、義弟家族4人と私達夫婦で行った時のことだ。大変美味しい料理を沢山頂いて、気持ち良く玄関へと向かって、ほろ酔いかげんで歩いていくと、なにやら人だかりがしている。ハリウッドスターでも来ているのかと思い、20~30人ほどの人込みをかき分けて、二、三段階段を降りると、車寄せの地面の上に正装をした40歳代の女性が倒れていて、御主人と思われる男性が後ろから彼女を抱えるようにしてオロオロしているではないか。
さてどうしよう、と考える間もなく、無意識のうちに、
「I'm a M.D., what's wrong?」と、倒れている女性の方に駆け寄っていた。
ここで、どうして私が出て行ったのか? さあ、今でもはっきりと分からないのだが、日頃培った「医者魂」とでもいうのだろうか、あっという間に患者の脈を診る自分がいたのには驚いた。
「急に気分が悪くなって倒れて、吐いたんです、先生」。
「これが初めてですか?」
「いや、前にも一度こんなことがありましたね」。
-脈を診ると、とても微弱だ-
「いいですか、頭をゆっくりと下げてあげてください、そうそう。それから、足を上げて。何か足を上げて置く台か何かありますか?」
と、誰かがポリバケツを持ってきて彼女の足をその上に上げた。
「そうそう。それから、足をそのジャケットでカバーしてあげて」。
「誰か、911(ナイン・ワン・ワン)へ電話した?」と私。
「Yeah, I did.」と、憮然として店のスーツ姿のガードマンが応える。
どうも、倒れたのが中国系アメリカ人らしく、迷惑そうだったと後から義弟の奥さんが言っていたのだが、そんなことは頭にも上らない。少しすると、顔色が良くなり、脈も強く打ち出した。
「You feel better ?」
「ええ、気分が良くなったわ」。
「どうします?病院に行きますか、それともお宅に?」
「自宅に帰りたいわ、もう、大丈夫そう・・・」。
周りの家族らしいタキシードの中国人たちも「家につれて帰ろう」と話をしている。 その時、ちょうど救急隊が到着。
「どうしました?」と、駆けつけた隊員が私に聞く。
「私は医者です。どうも脳貧血を起こしたようです」。
「いつもの血圧はどのくらいですか?」
「I am not her home doctor.」「Yeah, OK」
「血圧はいいですね」。
「よかった」と私。
彼女も少し気分が良くなったらしく、家に帰りたいと周囲の中国人に話している。 私も、これなら帰れるかな、と思ったが、
「いいですか、もう一度立っていただけますか?」
と、もう一人の隊員が帰れるかどうか、大丈夫かどうかを確かめるために彼女を起こした。すると、ガクッと膝が折れて、彼女は隊員の腕の中に倒れこんでしまった。早速、そのまま彼女を隊員たちがタンカに運んだのはいうまでもない。
「これじゃ、病院へ連れて行ってもらわないとだめですね」と私。父親のような恰幅の良い中国人のおじいさんは、仕方ない、というようにうなずいた。私の仕事はこれまでと、一部始終が終わって私が立ち上がりその場を離れようとすると「Thank
you Doctor!」とあちこちから、感謝の挨拶。中国人だけからでなく、周りにいた白人のアメリカ人からも
「Thank you Doctor!」「Thank you Doctor!」と声を掛けられた。これには嬉しかった。
「車が来たよ」と義弟。
Valet駐車場から車が来ていて、皆でそれに乗り込む。
「お義兄さん、食事の最後には眠そうな目をしていたのに、病気の人を診だしたら、ビンビンになっちゃって、びっくりしちゃった」と義弟の奥さん。
「医者はいつもそうなんだよ、習い性というか、サガだね」。
「しかし、なんだってこんなことになったんだろう。自分でも信じられないよ」。
「まあ、ロスの911と一緒になって救急医療をやったなんて、もうこんなこと二度とないだろうから、いいんじゃない? 楽しい思い出になったよ」。
ミニバンの外にはロサンジェルスの街の灯が流れて、車内にはFMの心地よい音楽が流れている。
さあ、明日は東京だ、酔いどれ医者は気持ちよく眠りにつく。 |