これも前回に引き続き、遠藤渉先生です。私が公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医をしていたときの上司が遠藤先生でした。でも、これは遠藤先生に限らず、外科の教室であれば、どこでも教えているかもしれません。
外科医になってすぐの頃は「リズムが大事だ」と言われていることがよく分からず、「リズムって、何ですか」と質問しても「リズムはリズムだよ」と返されてしまい、そのときは分からなかったのですが、少しずつ分かるようになりました。
手術前に画像検査などでイメージをしていたとしても、手術中にこの結合組織を切るのか切らないのか、この索状物は温存すべきか、切断すべきかなど、迷う場面があります。一つ迷ってはそこに5分、また迷っては5分などと悩んでいたら、手術はずっと終わりません。手術が上手ではない人は基本的に手術時間が長いんです。その場で解剖書を読んだり、議論したりもできないので、外科医には手際よく判断する力が求められます。若い外科医にも手術がうまい人が大勢いますが、手術はある意味、才能なのだと思います。
手術がうまい人は手先が器用な人だと思っている方は多いですが、それは違います。手術がうまい人は空間認識能力が高く、これを切る、切らないといった判断が瞬時にできる人です。メスやハサミの使い方はトレーニングをすれば、誰でもできます。でも、瞬時の判断がきちんとできないと、スムーズに進みませんし、出血量も増えてしまいます。私自身は中の下ぐらいの腕前なので、神経を切ったらどうしようと悩みますが、うまい人は神経だけを残して、綺麗に切ったりすることが平気でできてしまうんです。
人体には膜の層があり、本やバームクーヘンみたいに積み重なっているんです。何かの血管や神経を出したいということであれば、本のページを剥がすように、膜を1枚ずつ剥がして入っていけば、切ってはいけないものを切らずに済み、出したいものを露出させられるのだと習いました。この膜の層をレイヤーと呼んでいましたが、これをよく考えろと言われていました。最近の手術の教科書も膜の構造についてはイラストなどを使って詳しく書いているので、やはり皆が大事なことだと認識しているのだなと思っています。
私は最近、手術をしていないので、偉そうなことは言えないのですが、腹腔鏡でも胸腔鏡でもリズムは同じです。ただ、近年は技術が進歩していて、才能のあるなしの差が少しは埋められるようになってきました。映画館でかける3D眼鏡のような眼鏡をかけると三次元に見えたり、色素を入れると血管や血流、胆管がどう走っているかを確認できたりなどです。かつては膜を無視して、大きく切る外科医もいましたが、今は教育が行き届いているので、そういう人はいなくなりましたね。
私は合同救護チームでのミーティングでリズムやテンポを大事にしていました。救護チームの活動期間は4日か5日程度でしかなく、それぞれのエリアに散って活動し、問題点を拾い上げ、ミーティングで要望を出してきます。
そういうときに統括している私が煮えきらない態度をとって、うやむやに処理したり、冷静さを欠いたり、「それは知らない」などと言ったりすると、彼らには不満が残ります。そして、それが蓄積して合同救護チーム全体への不信感に繋がると、チームが瓦解することを恐れました。
そこで、私はミーティングで出た要望に対してはテンポ良く、迅速に判断するようにしたんです。要望が多すぎたので、そうせざるをえない面もありましたが、3月中だけでも対応した要望は97件ありました。テンポやリズムのみならず、こうした現場で必要とされる判断力や冷静さも手術の経験から培っていったものだと思います。
(11月号に続く)