石井正教授コラム『継続可能な地域医療体制について』(毎月15日掲載)
石井 正 教授

石井 正 教授

1989年
東北大学卒業
1989年
公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる
1992年
東北大学第二外科(現 総合外科)入局
2002年
石巻赤十字病院第一外科部長就任
2007年
石巻赤十字病院医療社会事業部長に異動
2011年2月
宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱
2011年3月
宮城県災害医療コーディネーターとして石巻医療圏の医療救護活動を統括
2012年10月
東北大学病院総合地域医療教育支援部教授就任
2022年
卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長兼任
2021年9月号
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食道アカラシアの研究

先生が臨床研究されたことについてもお聞かせください。

私はもともと東北大学の第二外科出身です。今は総合外科になり、私も外科を離れていますが、食道班の一員として、時間があれば術前カンファレンスに参加しています。石巻赤十字病院に勤務していたときは外科の責任者だったのですが、「カンファレンスに来い」と第二外科の教授に言われていたので出席し、偉そうに「それ、おかしいんじゃないですか」と指摘したりしていました(笑)。あるとき、第二外科の食道班が食道アカラシアに対して、POEM を始めることになりました。POEMとは経口内視鏡的筋層切開術です。胃カメラを使って、食道と胃の間の筋肉を切開して食べたものの通りを良くするんですね。身体の表面を傷つけることがないので、とても低侵襲な治療です。東北大学の食道班はPOEMを年間約70例ほど行っており、恐らく東北地方では最多だと思われます。こうした食道アカラシアの症例が術前感ファレンスで増えてきて、患者さんのプロフィールなどの紹介を聞いていますと、当初診断が拒食症の方が意外と多いという印象を受けました。

食道アカラシアとはどのような疾患なのでしょうか。

食道アカラシアとは食道の下部の機能障害により、食べたものが入らなくなったり、胸が痛くなったり、嘔吐したり、咳や誤嚥性肺炎が起きてしまう疾患です。ものを食べると、食道の蠕動波がヘビのように動くことで食べたものを下に落としていきます。食道と胃の筋肉はきちんと連動しているので、そこで下部食道括約筋がタイミングよく緩み、胃と食道の間の接合部が開いて、ぽっと落ちるんです。そういうふうに人間の身体はうまくできているのに、食道アカラシアはそれがうまくいかない病気です。原因も不明です。食道アカラシアだと何が起きるかというと、色々なタイプがあるので、細かいことを言うときりがないのですが、非常に単純に言うと、下部食道括約筋が緩まないため、食べたものが胃に落ちずに食道に停滞するので、「おえっ」となって吐いてしまうんですね。そして、その症状をもってして、当初は拒食症だという診断がついていた女性の患者さんが複数いることがわかりました。私が調べたところ、その理由は人それぞれでした。最終的にはPOEMで手術すると治るわけですが、食道アカラシアと診断されるまでの1年や2年は拒食症とみなされたままですので、これは患者さんにとってとても不幸なことだと思いました。

どのように研究を進めていかれたのですか。

食道アカラシアの診断は最終的には食道の蠕動波を診る食道内圧測定検査を行うのですが、取っ掛かりの検査としては胃カメラや透視なんです。ところが、胃カメラだとカメラが通ってしまうんですね。食道アカラシアには特有のサインがあります。深吸気時に全周性の放射状のひだ像である食道ロゼットが胃カメラで認められたら食道アカラシアなのですが、それを見落としてしまうことがあります。ものが食べられなくなったという患者さんに、「じゃあ胃カメラしましょう」と言って二酸化炭素をぐっと入れていっても、胃カメラが通れば器質的な狭窄がないということになり、「胃カメラが通るのに、あなたがものを食べられないのは拒食症だからでしょう」という診断がついてしまうのではと推測しました。

胃カメラでの検査では分かりにくいのですね。

ところが、バリウムを飲む透視検査だと、食道の拡張、屈曲や変形、胃への排出遅延の有無が分かります。その診断が遅れた患者さんを調べると、誰も透視をしていませんでした。胃カメラだけだと拒食症と診断されてしまいがちということですね。これが最初のクリニカルクエスチョンになりました。それで検査のストラテジーを提唱しないといけないと思い、大内憲明先生にご相談しました。大内先生は旧第二外科の教授でいらっしゃいましたが、当時は腫瘍外科学分野の教授で、底学部長も務められていました。その大内先生から「研究した方がいいんじゃないか」というアドバイスをいただき、科研費(科学研究費助成事業の補助金)を申請したんです。

どのように調べていかれたのですか。

レセプトデータがあると、検査をしたのかどうか、検査の結果や病名などが全て分かります。それで石巻赤十字病院の外来患者さんのレセプトデータを調べました。簡単に言うと、胃カメラをしたけれど、透視もしくはCTをしていない人を抽出して、そのときでも症状が治らないという方を追っていきました。もちろん倫理委員会を通したうえで、電子カルテで調べ、その方々に同意をいただき、30人ぐらいにバリウム検査をしたのです。その結果、1人の方に食道アカラシアではないものの、EGJ outflow obstructionが認められたので、透視をした方が良いのだという結論を得ました。この結果を英語論文として2本ほど発表しました。

モバイルアセスメントシステムの開発

先生はモバイルアセスメントシステムの開発もされているそうですね。

石巻赤十字病院に勤務していたときに東日本大震災が起き、約300カ所の避難所をア セスメントしていました。紙ベースでアセスメントしたものをエクセルに入力していたのですが、これがとても大変だったんです。調べたところ、4人が 1日7.5時間の業務量をこなしていました。そもそも紙でアセスメントするというのが非効率なわけで、誰もが思うように、アプリなどの電子化をしようと考えました。最初は宮城県の地域医療再生計画事業から資金をいただき、その後、特許まではいかないものの、東北大学に知的財産権を所有する形で、大体の形になってきました。

どのようなアプリなのですか。

「避難所状況応急評価システム」というアプリで、略称は「RASECC-GM」です。このアプリをタブレットやスマートフォンなどの端末にインストールし、救護チームが避難所を巡回して、一旦紙の調査票に調査項目の内容を記載します。調査項目は必要最小限の31項目で、短時間に把握できるようになっています。その紙の調査票をアプリ上で写真を撮ります。それをインターネットを経由して、被災していない地域にあるサーバーに送信すると、自動的に集積されますので、災害本部の医師がサーバーにアクセスすれば、その情報を閲覧することができます。これで必要な医薬品の種類や量、派遣する医師などのスタッフの調整が可能になります。

開発をどのように進めていかれたのですか。

2、3年前から芝浦工業大学システム理工学部の市川学准教授と連携させていただいています。災害時には医療の情報に加えて、道路などのインフラの情報も必要です。そうした災害時の保健医療福祉支援活動に必要な情報を収集して、それを整理、加工、分析し、意思決定判断に必要な情報を提供するシステムがD24Hであり、市川先生の研究室では内閣府や厚生労働省の協力を得て、そのシステムを作ってこられました。RASECC-GMは市川先生にブラッシュアップをしていただき、D24Hというシステムの中で避難所の情報を収集するツールという位置づけで使っていただく方向です。

実用化は始まったのですか。

2019年の台風19号の際に使用しましたが、紙で収集するよりはずっといいものだという確認ができました。

自主的に研究する大学

先生は教室の先生方にどのように研究を勧めていらっしゃるのですか。

私は無理な強制はしていません。東北大学は地域医療にも取り組んでいますが、やはり研究して何ぼというところなので、私どもの教室でも臨床研究をした方がいいよねという雰囲気があります。皆で科研費をとって研究しましょうということで、教室員はそれぞれの専門分野において自主的に研究しています。私が赴任した2012年以降獲得した科研費研究はこれまでに合計14本あり、私自身も代表研究者として食道アカラシア研究を含めて2本採択されています。2012年以降の当教室の発表英語論文数は現在まで140編あります。私としては色々な寄付講座をお願いしたり、漢方の共同研究講座を作ってもらったりなど、「お金は心配しなくていいから、好きに研究してくれ」と資金に不自由させないよう、外部資金をなるべく獲得することに努めています。

(10月号に続く)

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