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「愛し、愛される病院」守ります。
医療法人 三愛会 三愛会総合病院
プロフィール
医療法人 三愛会 三愛会総合病院
埼玉県三郷市は埼玉県の南東端、東京都と千葉県に隣接する、人口約13万人の都市である。三郷市は南北に細長い形態で、市の北部は農地や大規模団地などの区画された住宅地が多くなっている。大規模団地として著名なのがみさと団地で、日本住宅公団(現 UR都市機構)により建設され、1973年4月に第一次入居が開始された。1974年12月に第二次入居が始まり、総住宅戸数は9867戸、ピーク時には2万3千人の人口を擁する国内有数のマンモス団地である。また、近年はJR新三郷駅周辺の再開発により、IKEA、コストコ、ららぽーとなどの商業施設が入った新三郷ららシティがオープンしたほか、つくばエクスプレスの開通で三郷中央駅が開業し、人口が増え続けている都市である。
三愛会総合病院は14診療科、178床の病床数を有する総合病院である。みさと団地の敷地中央に位置しており、患者さんの多くがみさと団地、及び周辺の住民である。この地域ではほかの地域と比較して高齢化が進んでおり、三郷市北部の二次救急指定病院である三愛会総合病院に対する、地域からの期待は高い。
今回は清水弘文院長にお話を伺った。
清水弘文 院長プロフィール
1959年に東京都荒川区に生まれる。1984年に東京医科大学を卒業後、東京医科大学泌尿器科教室に入局し、東京医科大学病院に勤務する。1991年に八潮中央総合病院に勤務する。1997年に帝京大学泌尿器科教室に入局し、帝京大学医学部附属病院に勤務する。2002年に大和病院に勤務し、2006年に大和病院院長に就任する。大和病院の移転に伴い、2009年に明理会中央総合病院に泌尿器科医部長として着任する。2011年に三愛会総合病院に院長として着任し、泌尿器科部長を兼任する。専門は泌尿器科で、泌尿器内視鏡、腫瘍一般、膀胱または直腸機能障害の診断など。日本泌尿器科学会専門医、指導医、埼玉県身体障害者認定診断医など。
病院の沿革
1972年に地域の開業医により三郷診療所として開設され、1986年に板橋中央総合病院グループに加入し、三愛会病院に名称変更する。埼玉県内ではイムス富士見総合病院、イムス三芳総合病院、新越谷病院、埼玉セントラル病院、春日部中央総合病院に続く6番目のグループ加入であり、4診療科20床でのスタートであった。
「当時は病床数が20床で、内科、外科、小児科、耳鼻咽喉科を標榜していたようです。この地域は恐らく医療過疎地域だったのではないでしょうか。現在も大規模な病院が少ないですしね。そのため、当院も開設の翌年には43床に増床するなど、拡充を続けていきました。」
1991年眼科標榜。1993年には人工透析を6床で開始し、翌年に18床に増床するなど、地域の透析医療のニーズに合わせて増床し、2000年には32床まで拡大した。
またこの年、病院の増築、改修工事が完了し、ベッド数を現在の178床に増床、整形外科、泌尿器科を標榜し、名称を三愛会総合病院に改めた。
「入院病床が79床も増床になり、178床となりました。この増築は患者さんの増加に対応する必要があったからというほかに、より良い医療サービスの提供を意図したものだと思われます。私は2002年から板橋中央病院グループに所属していましたので、三愛会総合病院がグループの中に全部で18病院ある急性期病院の一つであることはもちろん知っていました。急性期病院でありながら、地域に密着した良い病院だと思っていましたよ。」
2002年に埼玉県東部第3地区第2次救急医療病院群輪番制病院に参加。
2005年には小児輪番制病院にも参加するほか、付属施設として「イムス三郷クリニック」を開設し、外来透析部門の移転を行った。
2006年に麻酔科、呼吸器科、循環器科、消化器科を標榜、2010年に脳神経外科を標榜し、現在の形になる。
「患者さんのニーズの高まりもありますが、前院長が救急に力を入れたいと考えており、脳神経外科医を招聘したのです。今後も最新の医療機器と高度な医療技術を備え、それらを支えるスタッフが充足した病院になれるよう、努力していきます。患者さんから求められる医療を提供し、地域の期待にお応えしていきたいですね。」
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