クリニックの窓教えて、開業医のホント

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貝坂クリニック

 東京都千代田区平河町は江戸時代は番町や麹町と同様に、大名屋敷や旗本屋敷などの武家屋敷が建ち並んでいたところであり、現在は閑静なオフィス街となっている。新宿通りの麹町3丁目から青山通りの平河町2丁目まで、街の中央を貝坂通りが通り、通りの由来となった貝坂は『江戸名所図会』にも記されるなど、歴史を感じさせるエリアである。
 貝坂クリニックはその平河町で2006年に開業した。東京メトロ有楽町線麹町駅から徒歩2分、半蔵門線半蔵門駅から徒歩3分のビルに入居するクリニックである。貝坂クリニックは在宅療養支援診療所であり、24時間体制での訪問診療を提供している。高野学美院長、高野義人副院長ともに専門は麻酔科であり、一般的な在宅医療のほか、専門を活かしたがん疼痛治療などの在宅緩和ケアにも力を入れている。
 今月は貝坂クリニックの高野学美院長にお話を伺った。

田中 賢 院長

高野 学美 院長プロフィール

宮城県仙台市出身。大学を卒業後、慶應義塾大学麻酔学教室に入局する。獨協医科大学越谷病院に勤務を経て、カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学する。獨協医科大学病院麻酔科講師に就任を経て、慶應義塾大学病院に勤務する。2006年に貝坂クリニックを開業し、副院長に就任する。2013年に貝坂クリニック院長に就任する。
日本麻酔科学会専門医、日本ペインクリニック学会専門医、日本医師会認定産業医、認知症サポート医など。千代田区医師会会長、慶應義塾大学麻酔学教室非常勤講師を務めている。

開業に至るまで

◆ 医師を目指された経緯をお聞かせください。
 父が外科医をしており、小さい頃から父が勤務する外来を訪れ、父の診療を診ていたことが大きかったです。私は4人姉弟の一番上で、父はどうやら私を医師にしたかったようなんですね。私としては文系に進みたいと考えた時期もありましたが、やはり医師を目指しました。その後、下の3人も医師になりました。


◆ 大学時代はどのような学生でしたか。
 馬術部と合唱部に掛け持ちで入部していたので、忙しかったです。夏は馬術部、冬は合唱部といった感じで活動していました。


◆ 大学時代はどんなご趣味をお持ちでしたか。
 読書が好きでした。日本文学よりは外国文学に親しんでいましたね。イギリス文学をよく読んでいました。


◆ 専門を麻酔科に決めたのはどんな理由からですか。
 父が外科医でしたから、私も自然に外科医がいいと思っていました。ところが、当時は女性には外科医は無理だという時代でしたから、諦めたのです。そこで、外科と同じように生死に関わることができる診療科ということで麻酔科を選びました。決めたのは大学6年生になってからですね。


◆ 慶應義塾大学に入局されたのですね。
 私が大学を卒業する頃、父が栃木県内で開業していたのです。栃木県内には慶應義塾大学の関連病院が多いので、父から慶應を勧められたのがきっかけでした。姉弟4人の診療科はばらばらなのですが、そのうち3人が慶應に入局しました。


◆ 獨協医科大学越谷病院にも勤務されています。
 実家の病院を手伝うことになり、越谷の方が近いこともあり、足掛け15年ほど勤務しました。ペインクリニックを積極的に始めたのも越谷病院での勤務医時代です。痛みをコントロールするのは麻酔科医ならではの仕事ですね。


◆ 留学のご経験もありますね。
 脊髄の痛みの研究のため、カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学しました。この研究を論文にして、後に学位も取得しました。


◆ 在宅医療に興味を持たれたきっかけはどんなことだったのでしょう。
 主人も麻酔科医なのですが、在宅医療は主人からのサジェスチョンによるものです。病院ではできないケアが在宅で行えるということに惹かれました。


◆ 勤務医時代を振り返って、いかがですか。
 忙しかったです。特に獨協医科大学越谷病院は150万人の医療圏を支える基幹病院ですので、野戦病院さながらでした。よくテレビで「救急病院24時」のようなドキュメンタリー番組がありますが、まさにそんな感じでしたね。当直でしたら、全く寝られず、夜中に5つの手術が同時に始まり、そこで麻酔をかけたり、マネジメントをしたりします。昼間はペインクリニック外来も担当していましたから、救急とペインクリニックに打ち込んだ日々でした。まだ子どもも小さかったので、朝は4時に起き、子ども2人の朝食と昼食、私たち主人婦の昼食と、6個のお弁当も作っていました(笑)。  


開業の契機・理由

◆ 開業の動機をお聞かせください。
 医局での仕事が落ち着いたタイミングで開業を決めました。開業するなら在宅医療専門のクリニックにしたいと考えていましたが、何から手をつけていいのか分からず、どんな在宅医療が望まれているのかも分かっていませんでした。


◆ 開業地はどのように決められたのですか。
 開業するときには職住近接だと考えていましたので、自宅の周辺で探しました。最初は近くのビルで開業したのですが、手狭になったので、2013年にこちらに移転してきました。平河町を縦断している貝坂通りは中山道から進んできた徳川家康が江戸城に入城する前に通った道だと言われています。家康は麹町3丁目あたりでお昼を食べて、半蔵門から入城したそうですよ(笑)。また、麹町貝坂は高野長英が医業に勤しむかたわら、大観堂学塾を開き、蘭学を教えていた場所でもあります。高野長英のそうした情熱にあやかりたいと思い、貝坂クリニックと名付けました。


◆ この物件をご覧になっての第一印象はいかがでしたか。
 ビルの10階ですから眺めが良く、東京都庁やドコモタワーなどが見渡せます。眺めがいいとリフレッシュになりますね。また、在宅医療では駐車場が必須ですが、このビルは地下が駐車場になっていることも決め手になりました。麹町駅にも半蔵門駅にも近いですから、ロケーションには本当に恵まれていると思います。


◆ 開業にあたり、マーケティングはなさいましたか。
 訪問看護ステーションや介護事業所を次々に訪ね、ニーズを掴みました。文字通りの足で稼いだマーケティングです(笑)。最初は患者さんが少なかったので、患者さんのご自宅に伺う前後に急性期病院の地域医療連携室に立ち寄ったりもしていました。


◆ どのように広報なさったんですか。
 千代田区、中央区、港区、台東区、文京区の5区が東京都区中央部医療圏なのですが、最初はその区中央部の地域包括支援センターに伺い、どのようなニーズがあるのかの把握に努めました。それから急性期病院の地域医療連携室にも伺い、手応えを感じるようになりました。東京大学医学部附属病院の地域医療連携部は全国の病院の司令塔のような役割を果たしているところですが、そちらの部長の先生とご一緒に講演をしたり、密な連携を取っているうちに、患者さんを紹介していただくことも増えました。


◆ 開業にあたって、ご苦労された点はどんなことですか。
 急変した患者さんのご家族への対応をどうするかということです。ご家族はある程度、覚悟されてはいても、こちらの説明よりも早く死期が迫ることもあります。そういうときにご家族をどうケアして、フォローしていくのか、最初は手探りでしたね。また、訪問看護師との連携もどのように進めていくべきか、戸惑いがありました。とにかく忙しくて、駆け回っていました。


◆ 医師会には入りましたか。
 開業して2年後に千代田区医師会に入会しました。今年から会長を務めます。


◆ 開業当初はどのようなスタッフ構成でしたか。
 主人と私のほかは常勤の事務スタッフが1人でした。私は運転に慣れていましたし、この付近の道路もよく知っていましたので、開業当初は助手席に事務スタッフを載せ、私がドライバーをしていました(笑)。その頃は主人が院長で、私が副院長だったのですが、主人がほかの病院の院長を務めることになったり、私が医師会での役職に就いたりするようになったことで、私が院長の方が利便性が増したため、2013年に院長職を交代しました。


◆ 医療設備については、いかがでしょうか。
 開業時は一般的な訪問診療のクリニックが揃えるべきものを揃えましたが、2年目に患者さんが増えてきたこともあって、電子カルテを導入し、その後にポータブルのエコーと心電図を入れました。私は在宅医療のクリニックが病院並みのフル装備で開業することに違和感があります。病院には病院でしか揃えられない検査機器があり、例えば循環器内科医や放射線科医など、複数の専門家がいるのです。そうした専門家の目に委ねる方が結局は患者さんの利益に繋がります。病院には病院の機能、在宅医療のクリニックには在宅医療のクリニックの機能があります。そうした機能分化があれば、患者さんはその二つを行ったり来たりできますから、満足度を向上させることに繋がるのだと考えています。


◆ 移転後の設計や内装のこだわりについて、お聞かせください。
 外来は予防接種、定期的な血液検査、がんの方へのコンサルテーションぐらいしかお受けしませんので、至ってシンプルにまとめています。


クリニックについて

◆ 診療内容をお聞かせください。
 内科、麻酔科、緩和ケア科を標榜しています。主な診療内容としては在宅緩和ケア、がん疼痛治療、在宅酸素療法、在宅人口呼吸器管理、中心静脈栄養法、経管栄養、胃瘻管理、点滴、人工肛門管理などが挙げられますが、在宅で可能なあらゆる処置も行っています。最近はがんの患者さんはそれほど多くなく、神経難病、脊髄梗塞といった患者さんが増えています。慢性疾患の患者さんでも要介護度が4や5の方々ですね。


◆ どういった方針のもとで、診療なさっているのですか。
 開業にあたって、主人と考えた方針は「医療に家庭の安らぎを」です。


◆ 患者さんの層はいかがですか。
 ほとんどが後期高齢者の方々です。近年は化学療法をせず、または終了してベストサポーティブケアに移行するなど、がんのコントロールができるようになってきましたので、がんの患者さんも高齢化が進んでいます。訪問先は千代田区が最も多いですが、江東区、港区、中央区、墨田区などにも伺っています。また、ジロール麹町は開設したときからの訪問先です。ジロール麹町は千代田区では初めての小規模多機能型居宅介護を始めとする高齢者施設で、地域密着型サービスを行っているところですが、毎日のように伺っています。
最初は一人の患者さんからスタートしたのですよ(笑)。地域包括支援センターからご紹介された呼吸器疾患の患者さんでした。そこから3年ぐらい経って、認知度が上がってきたように思います。大学病院にいたと言っても、どこの誰とも分からない人が開業するのですから、最初は「お試しに」という感じでしたね。結果を出してきたことで、千代田区で在宅医療なら貝坂クリニックだということでコンスタントにご依頼いただくようになってきました。


◆ 勉強会を盛んに開催されていますね。
 地域ケアや多職種での勉強会などに積極的に参加するようにしています。千代田区は昼間人口と夜間人口の差が日本で一番大きい自治体で、毎日200万人から300万人が千代田区内の駅を利用しています。そのため、区主催で災害医療の勉強会や訓練が行われており、私どもも参加しています。
また、私どもは臨床研修指定病院である東京逓信病院の協力研修施設になっています。東京逓信病院の初期研修医が地域医療研修で私どもに来るのですが、皆さん、真面目で誠実、学力のみならず、コミュニケーション能力が高く、熱心で素晴らしいですね。私も良い刺激を受けています。


◆ 病診連携については、いかがですか。
 東京大学医学部附属病院、東京慈恵会医科大学附属病院、がん研有明病院、東京逓信病院、国立がん研究センター中央病院、聖路加国際病院、昭和大学江東豊洲病院、三井記念病院、国立国際医療研究センター、慶應義塾大学病院、虎の門病院、国際医療福祉大学三田病院、日本医科大学付属病院、日本大学医学部附属板橋病院、日本大学病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京都立墨東病院、東京女子医科大学病院、都立駒込病院、半蔵門病院、JCHO東京新宿メディカルセンター、日本赤十字社医療センター、九段坂病院、三楽病院、東都文京病院、杏雲堂病院、芝診療所、永寿総合病院、東京都済生会中央病院、東京都済生会向島病院、北里大学北里研究所病院、東京医科歯科大学医学部附属病院、東京医科大学病院、東京高輪病院、江東病院、同愛記念病院、順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターなどと連携しています。


◆経営理念をお教えください。
 患者さんに寄り添う医療を行い、患者さんの要求にはできるだけ応えられるよう、きめ細やかに伺っています。男性医師には言いづらいことでも、女性医師には言えることはありますから、積極的にコミュニケーションを取るようにしています。


◆ スタッフ教育はどのようにされていますか。
 医師会経由で入ってくる情報などをその場で伝えるようにしています。事務スタッフのみならず、ドライバーとも共有しますね。また、私がクリニックにいる時間は少ないので、大抵の指導は病院長経験者である主人が行うことが多いのが実際です。訪問先に伺うときはドライバーが運転し、私が助手席にいますので、安全第一でナビゲーターを務めながら、各方面に指示を出したり、連絡を取っています。 


◆ 増患対策について、どのようなことをなさっていますか。
 ホームページを作り、『ドクターズ・ファイル』に出稿しています。そのほかは郵便局で顧客に配布するカレンダーに広告を載せているぐらいですね。


開業に向けてのアドバイス

 病院での医療と在宅医療は全く違うものです。今、勤務医の方で開業後は在宅医療をなさりたい方は、勤務医のときに退院時共同カンファレンスを通じて、在宅医療の医師と連携しておくといいですね。そこで在宅医療の医師が何を求めているのか、訪問看護師が何を望んでいるのかを知ることができます。在宅医療の医師を病院のカンファレンスに積極的に呼んでください。カンファレンスの目的は、特に在宅緩和ケアの場合、患者さんの余命をご本人やご家族は知っているのか、急変したら病院に戻すのか、在宅で看取るのかといった確認にあります。病院でフルコースの医療を行おうとすると退院が遅くなり、病状が進行する恐れがありますので、小康状態のときを見極め、在宅に戻すことが大切です。そのためにも早めのカンファレンスを行っていただきたいです。

プライベートの過ごし方(開業後)

 ワインが好きです。通販で取り寄せて、自宅で主人と楽しんでいます。産地などにこだわりはありませんが、ニュージーランドやカリフォルニアの白ワインが美味しいと思っています。ただし、患者さんが急変しそうな日は飲みません。

タイムスケジュール

タイムスケジュール

クリニック平面図

平面図
貝坂クリニック
  院長 高野 学美
  住所 〒102-0093
東京都千代田区平河町1-4-12 平河町センタービル10階3号
  医療設備 ポータブル心電図、ポータブルエコー、心電計、パルスオキシメーター、血圧計、体温計、電子カルテなど。
  スタッフ 7人(院長、副院長、常勤事務2人、非常勤事務1人、非常勤ドライバー2人)
  物件形態 ビル診
  延べ面積 約80m²
  敷地面積 約80m²
  開業資金 500万円
  外来患者/日の変遷 当初1人 → 3カ月後5人 → 6カ月後8人 → 現在50人
  URL http://www.kaizakaclinic.com/

2018.08.01 掲載 (C)LinkStaff

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